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【史跡散策】防府めぐり 山頭火の生家・墓所、防府天満宮など…

  • 2024/01/09
 「分け入っても分け入っても青い山」などの句で知られる種田山頭火(たねださんとうか 1882年〜1940年)は、自由律俳句の俳人です。

 漂白の俳人としても知られ、ファンも多い人物ですが、出身は山口県の今の防府市です。その山頭火の生家跡、墓所を中心にして、防府の町を散策してきました。

山頭火生家跡

 山頭火生家跡は、JR防府駅からも徒歩圏内です。そこに至るまでの道には、あちこちに花が飾られ、山頭火の句がかけられていました。大変趣きのある奥ゆかしい道でした。

山頭火の句を発見!
山頭火の句を発見!
ここにも山頭火の句が…
ここにも山頭火の句が…

 山頭火の生家跡は屋根付きの立派な、小綺麗で美しい場所でした。この地で山頭火が大事にされているのがわかります。のちに漂浪の俳人となる山頭火ですが、生家は大地主だったそうです。

山頭火の生家跡
山頭火の生家跡

山頭火墓所

 次は山頭火の墓所へ向かいます。途中の道もレトロな町並みが続く通り。目をたっぷり楽しませながら歩きました。

 「萩往還」は萩と防府を結ぶ道で、ほぼ直線、全長約53キロメートル。幕末には志士たちが繁く
行き交ったことで知られる道です。

 山頭火の墓所、護国寺に着きました。本堂の中まで入らずに終わってしまったのが今となってはとても残念。再訪を期します。お寺の中には、山頭火のお墓や句碑があり、山頭火資料館もあるそうです。

防府天満宮

 山頭火の生家跡の近くには防府天満宮があります。防府天満宮のそばにはさらに資料館「山頭火ふるさと館」も。防府天満宮は菅原道真を祀る神社のうち、日本で最初に作られたものだとしています。階段をのぼった先の高台から、防府の町の景色を見ることができる、清々しい場所です。

防府天満宮
防府天満宮

 ここでめずらしい「航空安全」のお守りをいただきました。

 防府市には航空自衛隊の教育基地があることによるそうで、道真公が学問の神さまであることも
あり、「落ちない」お守りとしても人気だそうです。

周防国分寺~毛利氏庭園

 さて、ここ防府天満宮から二キロほど先の、「毛利氏庭園」を目指してさらに歩きます。

 「毛利氏庭園」は大正5年(1916年)に建設された公爵毛利邸に併設する広大な庭園です。公爵毛利邸は現在は毛利博物館として有料公開されています。

 途中前を通りがかったのが「周防国分寺」です。天平13年(741年)、聖武天皇の勅によって日本各所に建てられたのが国分寺であり、ここもそのひとつ。この周防国分寺の伽藍は、奈良時代の創建時の位置に立っており、これは珍しいものだということです。

 お寺の中に入り、内部を見学させていただきました。

周防国分寺
周防国分寺

 さて「毛利氏庭園」に着きました。松並木、広い広い道を行くと、「毛利博物館」、そして「毛利氏庭園」への入り口があります。

 訪れた時は冬でしたので冬枯れの趣きがある庭となっていましたが、四季折々美しい花や緑に彩られる、見事な庭だそうです。

毛利氏庭園
毛利氏庭園

 季節を変えて何度も訪れるのが良いですね。冬の時期でも、この庭から防府の町を望む景色は心を広くしてくれます。

 庭を歩きながら、当時のあるじたちが何を思ったのか、いろいろと想像してみたくなります。自分もちょっとあるじになったような気分にもなれます。

 明治期政治の中心の一角であった長州勢のホームの一つでもあるここには、どんな人々が訪れ、どんな言葉がかわされてきたのでしょうか。

 歴史や文化に彩られている防府市。何度も訪れたい魅力がありました。また行こう。

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  この記事を書いた人
Mel さん
人文系ライター・人文探検家。日本近代史、思想史に特に興味があります。旅先で立ち寄るのは神社仏閣、書店、美術館、カフェ。

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