※ この記事はユーザー投稿です

歴史テーマパークとして楽しむ東京駅。暗殺や小説の舞台にも。

  • 2025/12/26
東京駅
東京駅
 古い駅には多くの歴史が詰まっています。特に東京駅は数々の歴史的事件が起こったり、小説の舞台になったりと、近代史を語るうえで欠かせない建築です。

 赤レンガの駅舎内にはホテルや美術館が併設され、当時のレトロな雰囲気を楽しむこともできます。そんな東京駅を歴史テーマパークとして楽しんでみませんか?

東京駅の成り立ち

 東京駅は1914年(大正3年)に完成しました。設計は日本銀行本店などを手掛けた建築家・辰野金吾です。

 赤レンガと白い花崗岩を用いたデザインと、三階部分のドームが特徴的な西洋建築ですが、ドーム内部には干支をモチーフにしたレリーフが施され、和洋折衷のデザインとなっています。

 建築史家の藤森照信氏によると、「相撲が大好きだった辰野金吾は、東京駅のドームは相撲の大銀杏(おおいちょう)をイメージしたのでは?」と書いています。

 ほかにも皇室専用の貴賓出入口の扉は、行事の「軍配」に似ているのだとか。

 そんな辰野金吾の「匂わせ」デザインを探す目的で東京駅を散策するのも楽しそうです。

 デザインだけでなく、構造も強固な東京駅は、創業まもなく発生した関東大震災でもほとんど被害を受けなかったため、たくさんの被災者を受け入れることができたそうです。

歴史的事件の舞台

 近代の駅はしばしば、暗殺の舞台になっています。初代総理大臣の伊藤博文は、中国のハルビン駅で朝鮮人革命家によって暗殺されました。

 そして、東京駅もまた、暗殺の舞台となっています。大正11年、時の総理大臣であった原敬は東京駅で暴漢によって刺殺されています。

 事件のあった現場は今も駅構内として使用され「原首相遭難現場」と床に記されています。

 また、昭和5年にも当時の首相、濱口雄幸が至近距離からピストルで撃たれる事件がありました。こちらも遭難現場を示すプレートが埋められています。

 しかし、表示が小さいため大半の人は気づかずに通り過ぎてしまいます。普段は何気なく通り過ぎている駅構内にも、さまざまな歴史的事件があるんですね。

文豪とステーションホテル

 東京駅構内にはホテルも完備されています。東京ステーションホテルは大正4年に開業。その長い歴史の中で、ホテルはしばしば文豪の執筆場所となり、また小説の舞台にもなりました。

 松本清張はホテルの窓からプラットフォームを眺めながら、名作『点と線』を書き上げました。『点と線』は鉄道を使ったトリックが有名な推理小説ですので、ステーションホテルは格好の場所だったのでしょう。

 ほかにも、川端康成や江戸川乱歩が小説の舞台としてステーションホテルを登場させています。ステーションホテルは文豪に愛されたホテルだったんですね。

戦争と復元

 太平洋戦争当時、長大な東京駅は爆撃の標的とされ、辰野金吾が作成した壮麗なドームは失われてしまいました。

 その後、東京駅は60年もの長い間、仮修復として作られた寄棟(よせむね)形状の屋根がかけられていました。

 昭和後期になると、レンガの駅舎を壊して再開発の計画が建てられましたが、多くの人がこれに反対。
署名運動や要望書が出されたことで、赤レンガの東京駅は残されることになりました。

 その後、平成に入り、東京駅を保存・復元するプロジェクトが立ち上がります。そし2014年、東京駅創業100周年を記念し、駅舎は従来のデザインに復元されました。

 復元に際しては、オリジナルのデザインをいかしつつ、構造を強化するための建築素材が使われました。
また、東京駅の歴史を残すため、駅内にあるギャラリーでは、空襲時に黒く焦げたレンガを一部使用しています。

おわりに

 いつも、普通に利用している東京駅。しかし、100年以上の歴史をもつ東京駅の中には、それまでの日本がたどった歴史の痕跡を見つけることができます。

 目的地までの通過点ではなく、東京駅そのものを目的地として、テーマパークとして巡るのも楽しそうです。

  • ※この掲載記事に関して、誤字脱字等の修正依頼、ご指摘などがありましたらこちらよりご連絡をお願いいたします。
  • ※Amazonのアソシエイトとして、戦国ヒストリーは適格販売により収入を得ています。
  この記事を書いた人
古代も戦国も幕末も好きですが、興味深いのは明治以降の歴史です。 現代と違った価値観があるところが面白いです。 女性にまつわる歴史についても興味があります。歴史の影に女あり、ですから。

コメント欄

  • この記事に関するご感想、ご意見、ウンチク等をお寄せください。