「光る君へ」一条天皇御即位の日の大事件! ”生首事件”に藤原兼家はどう対処したのか?

花山天皇の退位により、紫式部の父・藤原為時は職を失う
花山天皇の退位により、紫式部の父・藤原為時は職を失う

 大河ドラマ「光る君へ」第11回は「まどう心」。一条天皇の御即位の様子が描かれていました。寛和2年(986)6月、花山天皇は出家され、退位されます。右大臣・藤原兼家(道長の父)が、外孫で皇太子の懐仁親王を即位させようと図り、陰謀を企んだがため、このような仕儀になったとも言われています。

 花山朝が二年にも満たないで終焉したことにより、僅か7歳の懐仁親王が即位されます。これが一条天皇です(一条天皇の父は、円融上皇。母は藤原兼家の娘・詮子)。 その一条天皇の御即位の日、今ならば考えられないとんでもない出来事が発生します。大極殿の高御座(即位・朝賀などの大礼の際に天皇が着座される)に血の付いた生首が置かれていたのです。

 同事件を記す『大鏡』(平安時代後期に成立した歴史物語)には「髪つきたるもの」の頭(生首)というように記載されています。生首を発見した人々もさぞやビックリしたことでしょう。「このようなことがございまして、如何致しましょう」と藤原兼家に「生首事件」の事を上申するのでした。

 すると、兼家は眠そうな表情をしたまま、口を開きません。声が聞こえないのかと思い、もう1度伝達しても、兼家は目を瞑ったようにして、無言のまま。伝達した者が不審に思っていると、暫くして、兼家の目は開き「大極殿の装飾はもう済んだのか」と全く関係のない話をしてくるではありませんか。

 勘の良い伝達者は(兼家様は、生首事件のことを知らぬ、聞かなかったということで押し通す積もりだな)と気付き、それ以上は何も言いませんでした。

 生首事件のことを騒ぎ立てば、めでたい盛儀(御即位の儀式)が中止になってしまいます。その事を鋭敏な兼家はよく理解していましたので、眠った振りをして、押し切ったのです。 ドラマでは兼家は謀略家・策略家として描かれていますが『大鏡』のこの逸話も、そのことを彷彿とさせるではありませんか。

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  この記事を書いた人
濱田浩一郎 さん
はまだ・こういちろう。歴史学者、作家、評論家。1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。 著書『播 ...

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