京都で戦乱が続く中、地方の戦国大名は避難先として京都の公家を受け入れていました。織田信長の父・織田信秀のもとにも、京都から山科言継(やましな ときつぐ)や飛鳥井雅綱(あすかい まさつな)が逃げてきました。
さて、このとき信秀が雅綱から伝授されたスポーツとは、何でしょうか?
( 正解率は 71 % )正解!
ざんねん…
答えは「蹴鞠(けまり)」
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蹴鞠はサッカーのリフティングのように、鞠を地面に落とさないよう蹴って遊ぶ競技です。平安時代の王朝文学にも度々登場する遊びで、室町時代には複数の流派がありました。織田信秀のもとに滞在した飛鳥井雅綱はその一流を継いでいました。
山科言継の日記によると、彼と飛鳥井雅綱が尾張に滞在していた天文2(1533)年7月は連日蹴鞠の会を開催し、信秀や一門衆、家臣たちが鞠遊びをしている様子が分かります。
後日譚として、この時信長はまだ生まれていませんが、信長が足利義昭を伴って上洛した際、朝廷側の使者として信長と折衝にあたった公家のなかに山科言継の名前が確認できます。蹴鞠の縁が信長の天下布武の一助になっていたかもしれません。
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