出羽国の大名・最上義光の娘で、豊臣秀次の側室として15歳で三条河原で処刑されたと伝えられる、悲劇の姫君は次のうち誰でしょうか?
( 正解率は 59 % )正解!
ざんねん…
答えは「駒姫(こまひめ)」
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駒姫(こまひめ)は東北の有力大名・最上義光の娘で、東国一の美少女の誉れ高く、義光から溺愛されて育ったと言われています。
秀吉の甥で、のちに関白となった豊臣秀次から側室に望まれ、15歳で上洛します。京に着いたのもつかの間、秀次は秀吉に謀反の疑いを掛けられて高野山で切腹を遂げます。そして秀次の妻子や侍女たちも、三条河原で処刑されることに。
しかし駒姫はまだ実質的な側室になる前だったといい、義光は娘の助命を嘆願してそれが認められ、駒姫の処刑中止を伝える使者が派遣されたものの、あと一歩間に合わなかったと伝えられています。
娘の早すぎる死を嘆き悲しんだ義光は、これがきっかけでのちの関ヶ原の戦いで徳川方に着いた、という見方もあります。戦後、その功績により57万石に加増されています。
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