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須賀 隆
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信長は本当に朝廷を圧迫したのか?「暦変更要求」の真相を最新研究から読み解く
須賀 隆
渡邊さんが YouTube に、本記事と対になる動画( https://www.youtube.com/watch?v=3LjPBIWVV2E )を公開されていることに気づきました。本記事では近年の研究動向を反映して「宣明暦でも日食は予測されていた」という方向で説明されている一方、YouTube 動画の方では、なお2013年以前の旧説が桐野作人氏の見解として紹介されており、両者の間に看過しがたい不整合があるように見えます。以前のコメントにも書きましたが、桐野氏ご自身は2013年(『歴史読本』12月号)で前説を訂正しておられます。Web・動画間の整合性も含め、最新の研究成果を反映する形で、本記事・YouTube動画ともに改版されると、研究史の理解のためにも有益だと思います。
なお、天正10年6月朔日食については1995年の斉藤国治氏論考に遡る研究史を、以前「情報の共有の問題」として https://suchowan.seesaa.net/article/201710article_6.html にて整理しておりますので、ご参考になれば幸いです。
2026/04/19 19:23:15
須賀 隆
天正10年6月朔日食・暦問題については、桐野作人氏が『歴史読本』2013年12月号において、それ以前の見解を訂正しつつ再論している(桐野作人「本能寺の変で消えた、信長の真意―当年閏月問題、日蝕はあったのか?」『歴史読本』2013年12月号、pp.218-223)。したがって、この点は「最近の研究で初めて明らかになった」というより、少なくとも2013年段階で重要な再検討がすでに行われていた論点と考えた方がよい。私も2017年に桐野氏から直接その旨のご教示を受けた。加えて、信長の暦変更要求の動機については、関東出兵構想との関係から、自身の支配していない地域で流通していた三島暦は動かせない以上、朝廷の暦の側をそれに合わせる方向で整合を図ろうとしたとみる細井浩志氏の見解(細井浩志『日本史を学ぶための〈古代の暦〉入門』吉川弘文館、2014年、最終章)が、現時点ではもっとも合理的で実態に近いように思われる。
2026/04/14 04:53:28
須賀 隆
この問題については、近年の研究で理解が深まった面はあると思いますが、全体の見取り図自体は2013年頃までにかなり示されていた、というのが私の認識です。
関連して、以前に下記でも整理しています。
2017-10-03 天正10年6月朔の日食(整理)
https://suchowan.seesaa.net/article/201710article_3.html
2026/04/11 04:01:33
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なお、天正10年6月朔日食については1995年の斉藤国治氏論考に遡る研究史を、以前「情報の共有の問題」として https://suchowan.seesaa.net/article/201710article_6.html にて整理しておりますので、ご参考になれば幸いです。
2026/04/19 19:23:15