だるま、招き猫、こけし… 福をよぶ縁起物の歴史
- 2024/07/16
縁起物は、大きいもの・小さいものはもちろんのこと、デフォルメされたもの・リアルなものなど、さまざまな姿かたちをしています。今回は、いくつかの縁起物の特徴と、その由来についてフォーカスしてみました。現代でよく知られている縁起物たちは、どのように歴史をつむいできたのか、一緒に見ていきましょう。
縁起物の「縁起」とは?
「縁起物」や「縁起がいい」など、今でも「縁起」という言葉はよく使われます。縁起とは、「縁(えん/つながり)が起こる」こと。「縁」は人とのつながりや、物事とのつながりをあらわす時に使われます。「縁起」の由来は仏教用語で、物事の始まりと結果の関係をあらわす「因果」の思想から生まれました。お寺や神社の成り立ちも「縁起」と呼ばれ、その寺社と神仏などのつながりを結ぶきっかけとなった出来事を指します。
一方、「縁起が良い」とは、 ”これをきっかけに良いことが起こりそうだ” という意味を持ちます。また「縁起物」は主にお寺や神社、観光地のお土産屋さんなどで売られており、寺社の説話や由来にまつわるモチーフが多く使われています。 もしくは、直接神さまや仏さまと関わりがなくても、地域の伝説・説話などで「良いことをもたらした」と伝えられているものが縁起物とされることもあります。
人々は縁起物を買い、飾ったり身につけたりすることで、お寺や神社にまつられている神仏などのご利益にあやかり、良いことが起こるように願っているのです。
では日本のお寺や神社でよく見かける縁起物と、その由来を見ていきましょう。
犬張り子(いぬはりこ)
犬の姿をしており、色が塗られた張り子です。
「張り子」とは、型に和紙などを張り重ね、乾燥させて色を塗ったもの。中は空洞なので、大きさに対してとても軽く、鈴が入っていることもあります。
犬張り子は、目の上から耳までが黒く、耳の中は赤く、白い体にカラフルな布を掛けている姿が特徴的です。
犬は安産・多産の象徴であり、子どもが犬の仔のように元気で育ってほしいとの願いをこめて、古くは犬の姿をかたどった「犬筥(いぬばこ)」と呼ばれる箱へ、出産の守り札などを入れる風習がありました。この犬筥が、犬張り子のもとになったと考えられています。
おかめ
ふっくらしたお顔、にこにことした笑顔が印象的な女性のお面です。おかめは「お亀」「阿亀」とも書き、お多福(おたふく)やお福(ふく)とも呼ばれ、福を招く縁起物として知られています。お正月の福笑いで、おかめの顔が使われることもありますね。
おかめの面は、一説によると日本書紀・古事記の天の岩戸の段に登場する天鈿女命(あめのうずめのみこと/古事記では天宇受売命)が由来だと考えられています。
太々神楽(だいだいかぐら/伊勢や熱田神宮の神職の家などで奉納された神楽)においては、天鈿女命の役を演じる際、おかめの面をつけることが多くあります。
起き上がりこぼし
福島県会津地方において多く見られる縁起物で、「起き上がり小法師」とも書きます。
起き上がりこぼしは下部に重りを入れた張り子で、いくら倒しても起き上がることから、「七転び八起き」の縁起物として親しまれてきました。
後述のだるま人形と同じ系統の由来を持つという説があり、もとは中国から伝来した「不倒翁(ふとうおう)」という人形が、子どもの形をとるおもちゃとなり、そこから縁起物として発展していったと考えられています。
熊手(くまで)
熊手は、農作業の時に落ち葉や穀物をかき集める竹製の農具です。もともとは、長い柄に複数のかぎ爪をつけた武器・道具として、平安時代後期から使われていたようですが、その武器と似ていることから、農具のほうも熊手と呼ばれるようになったと考えられています。
熊手がものをかき集める動作は「運・福をかきこむ」とされ、商売繁盛の縁起物として売られるようになったということです。
特に、東京・浅草の鷲(おおとり)神社と長國寺(ちょうこくじ)の共催で開かれる酉の市において売られる縁起熊手では、おかめのお面をのせた桧扇(ひおうぎ)熊手や、七福神・大判小判などをのせた宝船熊手など、豪華絢爛な飾りつけが特徴的です。
こけし
原木をろくろで削って作られた木の人形で、東北地方で生まれて広く分布している民芸品です。こけしは地域によってさまざまな特徴があり、津軽系、木地山(きじやま)系、肘折(ひじおり)系、山形系、蔵王高湯(ざおうたかゆ)系、土湯(つちゆ)、南部系、鳴子(なるこ)系、作並(さくなみ)系、遠刈田(とおがった)系、弥治郎(やじろう)系と、大きく11の系統に分けられます。
かつては東北の温泉地の旅館近くにおいて、木製のお椀やお盆などを作っていた職人が、子どものおもちゃとしてこけしを作り、そこから広く親しまれるようになりました。
こけしという名前については、東北地方の方言で「こげす」「きぼこ」などさまざまに言い伝えられてきた中で、「木の人形」をあらわす「こげほほこ」(秋田県小安地方)という方言から見ても、木の人形を指すという説があります。
また、明治期までは「小芥子」や「古計志」などの当て字を使うこともあったようですが、昭和15年(1940)に東京こけし会の鳴子大会において「こけし」という名称を使うことが決められました。
だるま
張り子もしくは木製の人形で、仏教・禅宗の開祖である達磨大師(だるまだいし)が座っている姿をしています。達磨大師の法衣が赤かったことから、だるま人形についても赤い色をしていると考えられています。
また、だるま人形が広まった江戸時代では、赤は魔よけの色として信じられており、特に疱瘡(ほうそう/天然痘)をもたらす疱瘡神は赤を嫌うとされ、子どもを守る色として赤い色の縁起物や赤絵(あかえ)と呼ばれる浮世絵が流行しました。
新年や物事の始まりにだるま人形の左目へ色を入れ、成就した際には右目へ色をいれる風習がある一方で、必勝などと書かれた鉢巻きをしている「鉢巻きだるま」など、さまざまなだるま人形が作られています。
ひょっとこ
ひょうきんな表情で口を突き出し、豆絞りの頬被り(ほおかぶり)をした男性のお面です。「ひょっとこ」の由来は火男(ひおとこ)がなまり、かまどにおいて火吹き竹で火を吹く様子の表情だという説や、お祝いを述べるために口をすぼめているという説、おへそから金の粒を出すひょう徳(ひょうとく/ひょっとく)の民話が元になったという説などがあります。
民俗芸能ではおかめのお面と対になって使われることが多く、ひょっとこのお面をつけた役者が面白おかしく踊り、里神楽(さとかぐら/民間において祭事の際に奉納される芸能)などでも盛り上げ役として親しまれています。
招き猫
前足を招く形で正面を向いた猫の縁起物です。「千客万来」や「千万両」などと書かれた小判を持ち、赤い色の首輪をつけていることが多く、三毛猫の姿がよく見られます。 招き猫の由来は複数ありますが、中でも有名なものは、東京都の豪徳寺における、江戸幕府の重臣であり近江国彦根藩主・井伊直孝(いいなおたか)のお話です。
ある時、井伊直孝が歩いていると、古い寺の門前にいた猫においでおいでと招かれ、寺に立ち寄って和尚と話をしていると激しい雷雨があり、井伊直孝は猫のおかげで災難を免れたと喜んだそうです。
これを縁として井伊直孝は寺を立て直し、寺はその猫を「招福猫児(まねきねこ)」としてお祀りし、招福殿が建てられました。
確かに、猫が前足で顔を洗う時の仕草は、人を招く手つきとよく似ていますね。養蚕が盛んな地域では、繭をかじるネズミの天敵が猫であることから、ネズミよけのおまじないとして招き猫を置く風習が残っています。
今では、招き猫は「客を招く」「福を招く」とされ、商売繁盛を願って、飲食店の店先などに飾られています。
おわりに
縁起物とは、良いことのはじまりとつながるよう、願いをこめて作られるもの。お寺や神社、観光地のお土産屋さんなどで何気なく目にする縁起物ですが、それぞれに由来があり、歴史があるのですね。今回紹介した以外にも、「赤べこ」や「金太郎」、「しゃもじ」や「流し雛」など、実に多様な種類の縁起物が古くから作られ、いろいろな場所で目にすることができます。
私が好きな縁起物は犬張り子です。あの真っ黒くて大きな目、ぴんと立った赤い耳、頭の黒い模様……なんだか不思議な力があるような気がして、いつまでも見入ってしまいます。
家の近くや旅行などで各地の縁起物を目にする際は、その由来についても調べてみると面白いですよ。
【主な参考文献】
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