イケメンだらけの新選組?! 美男五人衆に「トシさん」も登場!

根強い人気の新選組は、図らずも反体制派となってしまった彼らの、それでも泥臭く立ち向かっていく姿に魅かれるからだろう。しかし、特に女性陣(私も含め)にとっては、土方歳三をはじめとした彼らのイケメンぶりも大きな魅力となっていることは否定できない。

だが今回は、有名どころの隊士ではなく、平隊士の中でも美男と言われた五人にスポットを当てよう。その名も「隊中美男五人衆」いったいどんなイケメンが登場するか、乞うご期待あれ。

新選組にはなんと美男五人衆がいた!?

子母澤寛氏の新選組3部作の1冊『新選組物語』には、「隊中美男五人衆」が紹介されている。新選組内で、より優れて美男だった隊士5人をそう呼んでいたというが、新選組3部作は、子母澤寛氏が新選組関係者に取材した上でのフィクションなので、本当にそんな五人衆がいたのかは、定かではない。

ただ、美男五人衆にあげられた隊士は、実在しており、確かに美男だったらしい。ではどれほどのイケメンだったのだろうか。

楠小十郎

美男の1人目は、楠小十郎である。なんだか名前までイケメンだ。小十郎は、文久3年(1863)6月頃に入隊した隊士だが、彼は実は長州の間者(スパイ)だった。

『新選組物語』によると、まだ前髪のとれたばかりの幼い雰囲気を持ち、目がぱっちりとして色白のしもぶくれで、声までもが女性のように優しく、誰がどこから見てもほれぼれするほどの美男ぶりだったという。
しかし、副長・土方歳三の指揮の下、間者をあぶりだす探索が行われ、楠と長州藩とのつながりが発覚する。小十郎は、文久3年9月26日、隊の命を受けた原田左之助によって斬殺されている。

馬越三郎

馬越も文久3年6月頃に入隊してきた隊士で、元治元年(1864)の池田屋事件より前に隊を離れている。入隊当時は、16歳という若さで、笑うと両頬にえくぼができるとても可愛らしい顔だったと伝わっている。本人も自分のビジュアルの良さには自覚があったようで、隊務が無い時などは、おしゃれな紫色の着物を着ていたこともあったそうだ。そんな女性のような可愛い馬越だったが、剣術の方は、なかなかの遣い手でだった。

そんな馬越に言い寄ってきたのが、幹部の武田観柳斎である。困った馬越は土方に相談し、隊内の風紀が乱れることを憂えた土方は馬越にまとまった金を持たせて、新選組から脱退させた。

馬越は明治維新後、ガラス商人となって横浜で成功し、明治20年(1887)頃に壬生の八木邸を訪れたという。そのころ馬越はおそらく40歳くらいにはなっていたはずだが、八木家の人の話では、「見とれるような美男で、27、8歳にしか見えなかった」らしい。

佐々木愛次郎

イケメンしか名乗れないような名前の愛次郎は、文久3年(1863)の5月頃に入隊してきたと言われている。大阪の飾り職人の息子で、入隊当時は19歳だった。

背はあまり高くなかったが、顔も体も雪のように白く、どこをつついてもはじき返されるほどに引き締まっていたという。永倉新八の談には「古今の美男なり」とあるくらいだ。その上、剣術好きで、敏捷な体のこなしも素晴らしかったらしい。

この愛次郎に、あぐりという恋人がいた。このあぐりに目を付けたのが芹沢鴨である。愛次郎はあぐりを芹沢の魔の手から守るためには隊を脱する。しかし愛次郎は、逃げる途中の斬殺され、あぐりも舌を噛んで自害してしまう。これは芹沢の手下があぐりを奪うために仕掛けた罠だったとも言われている。

非業の死を遂げた愛次郎であったが、近年になって愛次郎は殺されていなかったという説も出てきている。

馬詰柳太郎

馬詰柳太郎は、父馬詰信十郎とともに文久3年5月頃に入隊している。20歳になったばかりで、とてもきれいな顔をしていたが、声が小さくて気も弱く、お酒も飲めなかったため、ほかの隊士との交流はあまりなかったようだ。近所の子守り女を相手にすることが多かったが、当時新選組屯所の1つだった南部家の子守りが身ごもったとき、その相手が柳太郎ではないかと、隊の中で噂になった。それを気にしてか、馬詰親子は、元治元年の池田屋事件当日に隊を脱走している。

山野八十八

美男五人衆のトリは、明治以降も存命だった山野八十八である。文久3年6月頃に入隊し、土方に従って箱館まで行っているが、降伏前に隊を離れたようだ。色白で目は細かったが、いつもにこにことしていて愛敬があり、とても可愛い顔だったという。剣術の腕もあり、沖田総司率いる一番隊の所属だった。明治以降は、京都の菊浜小学校の用務員を勤めている。

他にもいる!新選組イケメンパラダイス

隊中美男五人衆は、どちらかと言えば若くて初々しい美男子であるが、新選組には大人の魅力いっぱいの美男も勢ぞろいしている。ここからは、新選組の美男を一気に紹介してみよう。

原田左之助

若い頃、仲間との口論の果てに切腹しようとしたほど短期で荒っぽい性格だったという原田左之助だが、これがすごい美男だったらしい。原田は伊予松山藩の出身だが、松山藩士内藤房之介の長男・素行が子供の頃に原田に会っている。彼は原田について「なかなか怜悧な男で、容貌も端麗で、子供心に美男だったと感じた」とある。新選組の屯所だった八木家の人々も原田は「いい男」だったと話している。


伊東甲子太郎

新選組を分裂させ、挙句の果てには新選組に殺された伊東甲子太郎は、新選組のドラマなどではたいてい悪役っぽい顔立ちの俳優が演じていた。だが、人望が厚く教養もあり、温和な性格、その上北辰一刀流免許皆伝の腕前という非の打ち所がない人物だとも言われている。背が高くすらっとした、目の涼しい美男で、黒紋付の姿は役者のようだったという。そしてその証言通りの姿で、伊東のイメージを一新させたのが、あの大河ドラマに登場した俳優である!

斎藤一

近年になって斎藤一の晩年の写真が発見されたが、それを見る限り、若い頃はほぼ、いや絶対にイケメンだったと私は確信している。永倉新八と肩を並べるほどの剣の腕を持ち、かつ土方にも信頼され、戊辰戦争では会津とともに戦い続けたという生き様まで、かっこいいではないか!


藤堂平助

藤堂家の御落胤と言われているだけあって、藤堂平助もなかなかの美男だったらしい。背はあまり高くなかったが、どことなく気品が漂う正統派美男というところだろうか。池田屋事件で額に傷を負っているが、それさえも魅力的に見えていたかもしれない(あくまで妄想)


沖田総司

新選組が登場するドラマ・映画・アニメ・マンガ、どれをとっても沖田総司は常にどこか寂しさの漂う美青年である。だが実際は、色黒でヒラメのような顔?と言われている。おそらくあまり彫の深い顔ではなく、少し目が離れていたのだろう。

だからと言って決してイケメンではないとは言えない!沖田はとても優し気で愛嬌のある癒し系のイケメンだったのでは?子どもと遊ぶ沖田なんて、絶対に可愛かったはずだ。


土方歳三

最後はもちろんこの人だ。新選組の、いや幕末のイケメンと言えば土方歳三である。その上実際は、相当怖くて鋭い目つきだったろう。想像するだけでぞくぞくするのは私だけではないはず。土方は、その生きざまもやはりすごい。凾館から実家の日野へ書いた手紙の中で「自分のやってきたことに何も恥じることはない」と言いきった土方を、かっこいいと言わず、どういえばいいのだ!


なぜ幕末にはイケメンが多い?

とことで新選組に限らず、幕末にはどうもイケメンが多いような気がする。伊庭八郎、木戸孝允、渋沢平九郎、松平容保、南方熊楠、そして近年発見された高知県の歯科医師・織田信福(おだのぶよし)などなど。

幕末という時代が産んだイケメンたち

そもそも幕末とは、ペリーの来航以来、急激に不穏な空気に包まれた時代だ。不安定で先が見えない中、刺激と変化を求めて、若き武士たちはそれまで以上に剣術の鍛錬を積み、精神的にも成長する。厳しい中にもハリのある生き方は、人の表情にも影響を与えるものだ。そんな緊張感と充実感が彼らを美しくもきりりとした顔に作り上げたのかもしれない。

また幕末は、写真という技術が広がり始めた時期でもある。同時代の人々が残した言葉だけでなく、実際の写真によって彼らのイケメンぶりを知ることができるのだ。例えば土方。彼は役者のようだという当時の証言はあったものの、写真があることでイケメンぶりがよりリアルに感じられる。織田信福に至っては、まさに写真が発見されたからこそ知る人ぞ知る幕末イケメンとなったのだ。

イケメンの方このような幕末だが、出来るなら、彼らのビジュアルだけでなく、その後ろにある歴史についても興味を持ってもらいたい。

あとがき

今更だが、動乱の時代を必死で生きた彼らに対し、顔が良いとかイケメンだとかいうのもどうかと思う。しかし、それが歴史への興味のキッカケになるなら、良いのではないか。

かくいう私も、数十年前の新選組ドラマから、新選組沼にどっぷりとハマった。タイムスリップできるならあの時代に行って、男装して新選組に潜り込みたいとまで思っていたものだ。(イタイ!)それ以来ずっと新選組、幕末、果ては日本史全般への興味は尽きない。

初めはミーハーでも良いのだ。そこからほんの少しでも歴史に触れることがあれば、そしてもっと興味を持つことで、日々に暮らしに新しい楽しみが生まれるのではないだろうか。


【主な参考文献】
  • 子母澤 寛『新選組始末記』(中央公論社、1967年)
  • 子母澤 寛『新選組遺聞』(中央公論新社、1977年)
  • 子母澤 寛『新選組物語』(中央公論新社、1997年)
  • 前田政記『新選組全隊士徹底ガイド』(河出書房新社、2004年)
  • 小日向えり『イケメン幕末史』(PHP研究所、2010年)
  • 菊池明、伊東成郎、結喜しはや『土方歳三と新選組10人の組長』(新人物往来社、2012年)

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  この記事を書いた人
fujihana38 さん
日本史全般に興味がありますが、40数年前に新選組を知ってからは、特に幕末好きです。毎年の大河ドラマを楽しみに、さまざまな本を読みつつ、日本史の知識をアップデートしています。

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