『源氏物語』抜群に面白い3人の女性 末摘花、源典侍、近江の君

 『源氏物語』には数多くの女性が登場します。多くが数奇な運命と悲恋に翻弄された女性たちですが、中には笑われ役もいます。皮肉の効いた作者・紫式部の筆によってかなり辛辣に描かれていますが、魅力的なキャラクターでもあります。特に面白いのが光源氏の恋人である末摘花と源典侍、ライバル頭中将の娘・近江の君の3人。それぞれの特徴をみていきましょう。

「末摘花」ブスいじりだけじゃない 荒れ果てた豪邸

 末摘花(すえつむはな)は光源氏が18歳のころ出会った恋人です。

 第6帖「末摘花」。光源氏は引っ込み思案の末摘花に困惑しながらも密会を重ねます。そして、雪景色の夜明け、初めて顔を見たときに彼女の容姿に驚くという何とも失礼な展開となります。

雪の朝に見た素顔 赤い鼻に馬面

 末摘花の外見は細かく書かれています。座高が高く、胴長。鼻は長く、象のように垂れ下がり、先が赤い。顔は青白く、額はやけに広く、下ぶくれした顔は馬のように長いなど散々な描写。頭の形と髪は美人に劣らないと付け加えていますが。

 光源氏が末摘花の顔を見るのはこのときが初めて。高貴な身分の女性は、家では御簾の内側、親しい人も几帳越しでの対面。外出は牛車で、他人に顔を見せることはありません。恋人同士も会うのは夜だけ。朝は鶏が鳴くころに帰り、顔も知らないままの恋愛もありました。

 もちろん顔を見たいのが本音。光源氏もそのため、雪景色に事寄せて室外に誘い出したのです。光源氏は末摘花の知らないところでの追い打ち。自邸・二条院で少女の若紫(紫の上)の前で末摘花の似顔絵を描き、鼻の先に紅を付けてじゃれ合いました。

勝手に牛馬放牧、盗賊も素通り

 この後、光源氏は失脚し、再会は約10年後。

 第15帖「蓬生」。末摘花は親王の娘で身分は高いのですが、父は既になく、光源氏の援助を失い、手入れの行き届かない屋敷は荒れ果てていました。

 庭は雑草が茂り、塀も壊れて、春夏には無礼な牧童が牛馬を放牧に来る始末。無慈悲な盗賊さえ素通りします。しかし、気まぐれな光源氏の記憶力により関係が復活。光源氏の別邸・二条東院で側室として庇護を受けることになります。

「からごろも また唐衣からごろも」

 末摘花は貧困からは脱しましたが、光源氏の訪問はなく、恨み節が出ます。

 第29帖「行幸」。光源氏の養女・玉鬘(たまかずら)の裳着(もぎ、成人式)に祝いの品を贈りますが、光源氏は「余計なことをする人だ」と歓迎しません。光源氏への和歌が添えられていました。

末摘花:「わが身こそ恨みられけれ唐衣 君が袂(たもと)に馴れずと思へば」

(あなたのお側においていただけないわが身をつくづく恨めしく思います)

 「唐ごろも」は「君」の枕詞(まくらことば)で、末摘花の和歌には頻繫に使われます。光源氏はその場で返歌。

光源氏:「唐衣また唐衣唐衣 かへすがへす唐衣なる」

 「あの人が好きな言葉だから、こう作ったのです」と光源氏。玉鬘は派手に笑って「お気の毒でございます。嘲弄なさるようではございませんか」。

 容赦のない追い打ちです。

「源典侍」高齢ながらブリっ子 めいっぱい若作り

 源典侍(げんのないしのすけ)は第7帖「紅葉賀」から登場します。

 光源氏は19歳で、桐壺帝に仕える女官・源典侍は57~58歳。とんでもない年齢差ですが、光源氏は興味本位に近づいて恋愛関係に。結局は源典侍のしつこさ、年齢に似合わぬ甘えぶりを持て余します。

貴公子2人が持て余した超熟女

 しかも源典侍は光源氏のライバル頭中将とも関係を持ちます。あるとき、頭中将は2人を驚かせようと、密会現場を襲撃。源典侍は大あわてとなり、床の上に座って震え、太刀を引き抜いた頭中将を拝みながら「わが君、わが君」と制止します。古い恋人か誰かと勘違いしての醜態です。

 光源氏は頭中将の悪ふざけと知って調子を合わせ、源典侍は翻弄されますが、かわいらしく怯えていました。貴公子2人を辟易させたブリっ子の本領発揮です。

葵祭で見物場所を譲り、和歌交換

 続いて第9帖「葵」。光源氏が若紫を連れて賀茂祭(葵祭)見物に出かけます。大変な混雑でうろうろしていると牛車の使者を手招きする扇があり、いい場所を譲られました。和歌を交換すると、すぐ源典侍の字と気付きます。

源典侍:「はかなしや人のかざせる葵ゆゑ 神の許しの今日(けふ)を待ちける」

(私は何て愚かなのでしょう。あなたはどなたかと「逢う日」を楽しんでいるのに、神のお許しをあてにして今日の葵祭の「逢う日」を期待していたなんて)

 デートを嫉妬する源典侍の和歌に「まったく、いつまでも若い気でいるのだなあ」とあきれる光源氏。場所を譲られた感謝もなく、「あなたと会って、自分も浮気者と思わずにはいられない」といった失礼な返歌をして、あしらいました。

尼になっても気分は若々しく

 久々の登場は第20帖「朝顔」。光源氏は朝顔に会う口実として、叔母である女五の宮を見舞いに訪れます。その桃園邸にいたのが源典侍。このとき光源氏は32歳。40歳近く離れていた老女は尼になり、女五の宮の仏道の弟子として仕えていました。

 昔を懐かしむ源典侍。一方、光源氏は37歳で亡くなった藤壺中宮を思い出します。「源典侍の半分程度の生涯で、長生きする人もいれば、美点がありながらも早世する人もいる」としんみり。

源典侍:「年経れどこの契りこそ忘られね 親の親とか言ひし一言」

(昔、ご冗談に私のことをお祖母さんなどとおっしゃったお言葉もあり、随分年月が経ちましたが、あなたとの契りは忘れられません)

 源典侍はどこまでも若々しい気分でした。

「近江の君」早口で直情 破格のぶっ飛び姫

 近江の君は光源氏のライバル頭中将(このときは内大臣)が若いとき、恋人に産ませた娘。光源氏の養女・玉鬘の評判に対抗心を燃やし、長男・柏木に調べさせ、近江国にいた少女を引き取ったのが近江の君です。実は玉鬘も頭中将の実子なのですが……。

「その早口を何とかしなさい」

 第26帖「常夏」。光源氏は噂を確かめる形で頭中将の息子たちから近江の君の話を聞き出します。彼らは世間に珍談を提供し、家の不名誉だと嘆きます。

 そうした光源氏のからかい、頭中将の嘆きで評判の悪さを示しておいて、いよいよ近江の君が登場。頭中将が部屋を訪ねると、双六で遊んでいました。「小賽(しょうさい)、小賽」と小さい目を出す呪文を早口で唱え、かわいらしい愛嬌ある顔もこの蓮っ葉な態度、素っ頓狂な声で台なし。

頭中将:「その物言いをもう少し静かにすれば、私の寿命も延びるのだが」

 早口を直すよう指摘されると、悪びれもせず、早口になった理由を説明。また、

近江の君:「お便器の仕事(便所掃除)だって何だってします」

と前向きな姿勢を示しますが、これも令嬢らしさがなく、頭中将をがっかりさせるだけでした。

「私だって尚侍になりたい」

 近江の君は姉・弘徽殿女御のもとで行義見習いをすることに。その挨拶に厠(かわや)係の童女を使いに出すなど、やることがことごとく女房たちに軽蔑されます。行動パターンすべてが貴族の女性としてはとんちんかん。笑われ役に徹したキャラクターです。

 第29帖「行幸」では、玉鬘が頭中将の娘だと判明し、さらに尚侍(ないしのかみ、天皇の女性秘書長官)に就くことが決まり、近江の君はうらやみます。

近江の君:「私も引き立てていただけると思って、女御さん(弘徽殿女御)のもとで普通の女房がしないような用事もしているのに」

 この恨み節に兄・柏木は「尚侍になれるなら僕だってなりたいね」とからかいます。男性は尚侍になれません。たちの悪い冗談だと近江の君も分かっていて、柏木を薄情だと罵ります。

 頭中将も同情しながら「気分が悪いときは近江の君に会うのがよい。滑稽を見せて紛らわせてくれる」と言う始末です。

「波路に漂はば棹さし寄らむ」

 第31帖「真木柱」。近江の君は光源氏の嫡男・夕霧に果敢にアタックします。夕霧は頭中将の娘・雲居雁と恋仲でしたが、頭中将の反対で結婚できず、父・光源氏にからかわれます。

光源氏:「お前はその落葉(近江の君)でも拾ったらいいだろう。不名誉な失恋より、同じ姉妹だからそれで満足すればいいのだ」

 夕霧たちが弘徽殿女御を訪ね、楽器を演奏していたとき、近江の君は女房たちを押し分けて御簾の近くに寄って声を張り上げ、和歌を詠みます。

 夕霧はこの場所でこんな露骨なことをする人がいるわけはなく、これが噂に聞いた近江の君だと察します。その和歌のやり取り。

近江の君:「沖つ舟よるべ波路に漂はば 棹さし寄らむとまりおしへよ」

(沖の舟が寄る辺なく波に漂うように、あなたの縁談がお決まりにならないのなら、私が棹を差して漕ぎ寄せてまいりますから、どこの泊まり・港においでになるのか教えてください)

夕霧:「よるべなみ風の騒がす舟人も 思はぬ方に磯伝ひせず」

(行き着く港が決まらず風にもてあそばれている舟人、すなわち縁の定まらない私でも、不本意な方向に磯伝いして漕ぎ寄せることはありません)

おわりに

 末摘花は第6帖「末摘花」、第15帖「蓬生」のヒロインですが、これは省いても『源氏物語』のストーリー全体には影響しません。源典侍、近江の君のエピソードも物語の本筋とは無関係。彼女たちはいなくても物語は成立します。

 ですが、彼女たちの外見や性格こそ詳細に描写されています。長い物語が一本調子にならないためのキャラクターですが、それにしても生き生きと描かれています。観察眼が鋭い紫式部らしさが全開で、これこそ紫式部が書きたかった人物であり、『源氏物語』をより面白くしています。


【主な参考文献】
  • 今泉忠義『新装版源氏物語 全現代語訳』(講談社)講談社学術文庫
  • 与謝野晶子訳『日本文学全集1源氏物語』(河出書房新社)
  • 秋山虔、室伏信助編『源氏物語必携事典』(角川書店)

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  この記事を書いた人
水野 拓昌 さん
1965年生まれ。新聞社勤務を経て、ライターとして活動。「藤原秀郷 小説・平将門を討った最初の武士」(小学館スクウェア)、「小山殿の三兄弟 源平合戦、鎌倉政争を生き抜いた坂東武士」(ブイツーソリューション)などを出版。「栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会」のサイト「坂東武士図鑑」でコラムを連載 ...

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