正解!
ざんねん…
答えは「宮本武蔵」
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元和3年(1617)、徳川家康の曾孫にあたる小笠原忠政が信濃松本から明石へ移封となりました。その翌年から船上城に代わる明石城の築城に取り掛かっています。この時に城下町の線引き(いわゆる設計)を担当したのが宮本武蔵と伝えられています。藩主忠政と昵懇の間柄で客分として明石に招かれていたようです。 商人や職人の居住区、商業と港湾の地区、回船業者や船大工・漁民が住む地区というふうに、整然と町割りがされました。武蔵には剣術や兵法以外にも多彩な才能があったという証拠でしょう。
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