刀を扱う技法の系譜。日本剣術の歴史

 どんなに優れた道具も、それを扱うための確かな技術が伴わなければ、100%の能力を引き出すことはできません。「折れず・曲がらず・よく切れる」という高い性能を誇る日本刀もその限りではなく、むしろ扱いは難しい部類に入るともいわれています。

 そんな日本刀を扱う技を、日本古武道では一般的に「剣術」と呼んでいます。「刀術」「刀法」「剣法」「兵法」等々、流派ごとに異口同音の呼び名はありますが、ここではいずれも「剣術」と呼称したいと思います。

 いわずと知れた現代武道の「剣道」も、源流を突き詰めると古い剣術に行き当たりますが、ではその始まりとはいつの時代の、どのようなものだったのでしょうか。本コラムでは、そんな日本剣術の歴史にスポットライトを当ててみましょう。

文献上最古の剣術とは?

 道具が生まれるとともにそれを扱う技術が発達していくという側面と、ある種の技術の要求によって道具が発達していく側面とがあります。

 武器としての刀剣そのものは古代から存在し、たとえば天武天皇の皇子である大津皇子は「剣ヲ撃ツ」ことに秀でていたとされることから、7世紀後半には戦技としての刀法が存在していたと考えられています。

 日本刀が現在知られる形として完成をみたのは、平安時代後期のこととされており、その頃には「剣術」と呼んで差し支えない技法が確立されていたことがうかがえます。

 文献上、最初に剣術の技名が登場するのは『平家物語』であるとされています。そこには「蜘蛛手」「角縄」「十文字」「蜻蛉返り」「水車」の五種が記されており、体系的な剣術技法がすでに存在していたと考えられます。

 ことに、源平合戦の時代には騎馬武者による一騎打ちが主な戦闘スタイルであり、間合いが肉薄すると太刀を抜いて斬り結ぶ必要があったため、決闘的な技術への十分なニーズがあったとするのが自然でしょう。

日本剣術の三大源流とは?

 かつて「星の数ほど」とたとえられた剣術流派の数は、記録から確認できる限りでも700を超えるといわれています。もちろん、正式な記録に流派名が残っていないものや、一代で失伝したものなどもあったでしょうから、実際の数はさらに多くなることが予想されます。

 そんな膨大な数におよぶ剣術流派ですが、系統を遡るとやがて三つの源流に行き当たります。三大源流、とも呼ばれる「念流」「神道流」「陰流」の三流派のことで、いずれも現代にまで伝わる古流剣術流派の、始祖的な位置づけとされています。

 「念流」の開祖は「念阿弥慈恩(ねんあみじおん)」という南北朝時代から室町時代にかけての兵法者で、その名の通り禅僧でもありました。念流はやがて高名な「一刀流」などの系統へと枝分かれしていきます。

 「神道流(しんとうりゅう)」とは本来、特定の流派名ではなく、剣術発祥の地ともされる香取・鹿島に伝わった刀法の総称だったようです。流派として確立されたのは室町時代半ばから後期の兵法者、「飯篠家直(いいざさいえなお)」の「天真正伝香取神道流(てんしんしょうでんかとりしんとうりゅう)」が有名です。

 「陰流」は室町時代から戦国時代にかけての兵法者、「愛洲久忠(あいすひさただ)」を開祖としています。これも有名な「新陰流」系統の源流であり、物語の世界でもよく目にする「柳生新陰流」はまさしくこの系譜に連なる剣術流派のひとつです。

 これらの三流派が日本剣術の三大源流とされていますが、さらには「中条流」を加えて四大源流とする場合もあるといいます。

現存最古の剣術流派とは?

 剣術流派の中にはすでに失われてしまったものもありますが、現代にまで脈々と受け継がれてきたものが多くあります。そのなかでも、現存最古の流派とされるのが先述した「天真正伝香取神道流」です。

 室町時代中期に創始され、剣術はもとより小太刀術・二刀の術・抜刀術・槍術・薙刀術・棒術・柔術・手裏剣術、はては忍術や築城法の心得までを含めた広範な総合武術として構成されています。

 このように武術流派は古いものほど、剣術だけではなく関連する様々な武技・兵法を学ぶ体系をもっているといいます。

 戦場においては時に武器を選ぶことができないこと、あらゆる状況に対応するのが武士としてのたしなみであったことなど、実戦的なニーズによって生み出された結果ともいえるでしょう。

 香取神道流の形は、競技武道やスポーツに慣れた現代人の目で見ても、驚くべき高速で行われることが有名です。しかも一本の形が非常に長く、これは戦場で長く戦えるよう持久力を養うための工夫であると伝わっています。

 さらには、部外者が一見しても技の真意が分からないよう巧妙に秘匿されており、形の本来の意味を知らなければ真の力を発揮できないよう組み立てられているといいます。

 狙う部位も鎧の隙間や弱点を想定しているといい、いずれも戦国時代の気風を色濃く残した流派と評されています。天真正伝香取神道流は、現在では千葉県の無形文化財として、多くの修行者がその教えを伝え続けています。

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おわりに

 いかがでしたでしょうか。このほかにも、実に多くの剣術が「古武道」として現代にまで伝承されています。

 都会の片隅で、小さな体育館で、あるいは古い神社の境内で、今日も刀を振るって古伝の技を修錬する人たちが存在しています。もしかすると、あなたの町にもそんな道場があるかもしれません。


【主な参考文献】
  • 『歴史群像シリーズ【決定版】図説 日本刀大全Ⅱ 名刀・拵・刀装具総覧』歴史群像編集部編 2007 学習研究社
  • 『日本の剣術』歴史群像編集部編 2005 学習研究社
  • 『歴史群像シリーズ68 戦国剣豪伝』 2003 学習研究社

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  この記事を書いた人
帯刀コロク さん
古代史・戦国史・幕末史を得意とし、武道・武術の経験から刀剣解説や幕末の剣術についての考察記事を中心に執筆。 全国の史跡を訪ねることも多いため、歴史を題材にした旅行記事も書く。 「帯刀古禄」名義で歴史小説、「三條すずしろ」名義でWEB小説をそれぞれ執筆。 活動記録や記事を公開した「すずしろブログ」を ...

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