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一寸法師は大阪にいた? 住吉大社に残る伝説

 昔話で有名な一寸法師。誰でも知っているエピソードですよね。昔話では特に言及がありませんでしたが、実は一寸法師が大阪にいたという話があるといいます。今回はそんな伝説について調べてみました。

住吉大社ってどんな場所?

 実は一寸法師は大阪にある有名な「住吉大社」と深い所縁があるといいます。私も住吉大社を訪れた際に一寸法師にまつわる伝説があることを知りました。

 以前、住吉大社の記事でもご紹介しましたが、住吉大社は全国に2000以上あると言われる住吉神社の総本社となる神社です。

 底筒男命 、中筒男命、表筒男命という三神と、住吉大社を祀った神功皇后を御祭神とする、航海に関する安全などにも御利益があるとされている神社です。大阪ではとても有名で、「すみよっさん」として親しまれており、訪れる人が絶えない人気スポットです。

一寸法師と住吉大社の関りとは?

 一寸法師がこの住吉大社とかかわりがあるというのは、「御伽草子」にある一説から。

 御伽草子は室町時代~江戸時代に編集された、昔話を集めた童話集のようなものです。浦島太郎も同じく御伽草子におさめられています。

 現代の一寸法師の話は絵本というかたちになり、子ども向けのエピソードにアレンジされていますが、御伽草子にある原本には今では知られていない記述もあります。

 実はそこに、一寸法師の親(おじいさんとおばあさん)が子どもが欲しいと祈願した場所が住吉大社であり、またこの二人は「津の国の難波(なにわ)」つまり今の大阪に住んでいたという記述があるそう。

 また一寸法師は成長して船出しますが、その場所が「住吉の浦」であったことも書かれているといいます。このことからも、一寸法師は大阪生まれだったといえそうです。

住吉大社に残る一寸法師関連スポット

 住吉大社には手水舎(ちょうずや)がいくつかありますが、「種貸社(たねかししゃ)」の近くの手水舎(ちょうずや)に小さな一寸法師がいます!

 かわいくて見逃してしまいそうですがぜひチェックしてみて下さい。

 種貸社(たねかししゃ)は住吉大社の中でも子宝祈願に御利益があるとされている社です。

 一寸法師もこの御利益があって産まれたかもしれませんね。

 また、本殿の近くには大きなお椀が設置されていてフォトスポットになっています。一寸法師が住吉大社に関りがあるとはあまり知られていないため、住吉大社側でも色々なアピールをしているのかもしれません。

一寸法師には住吉大社のご加護があった?

 一寸法師は武士になることを目指し、この近くの住吉の浦からお椀に乗って京都へと向かいました。京都で姫のお詣りのお供をしますが、姫が鬼にさらわれてしまいます。一寸法師は追いかけて鬼退治に成功し、姫を取り戻し鬼が落としていった打出の小槌を得ます。打ち出の小槌をふると一寸法師の背は高くなり、立派な青年になったのです。一寸法師は姫と結婚し、両親を呼び寄せ、末永く幸せに暮らしたというのが知られている物語の最後です。

 住吉大社との関係を知りながら一寸法師のエピソードを見返すと、お椀で京都にたどり着けたことや、その後の活躍など「もしかしたらご加護があったのかも…?」と思えてきてしまいますよね。

 大阪を訪れた際には、ぜひ住吉大社を訪れて一寸法師に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


※参考
・御伽草子
住吉大社HP

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  この記事を書いた人
ゆかた さん

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