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日本最古の将棋の棋譜にあの戦法が登場

『家忠日記』に登場する盤面図(国立国会図書館ウェブサイトより)
『家忠日記』に登場する盤面図(国立国会図書館ウェブサイトより)
現存する最も古い将棋の棋譜はいつの時代に書かれたかご存じですか? それは慶長12(1607)年に指された本因坊算砂と初代大橋宗桂の対局を記録したものです。算砂は囲碁の達人として知られ、後に囲碁の家元になる本因坊家の開祖です。対する宗桂は、現代まで称号が受け継がれている「名人」の第一号。そんなレジェンドたちが指した対局を、今でも「最古の棋譜」として鑑賞することができます。

将棋の戦いは居飛車か振り飛車かで大きく2つに分かれます。この対局では後手番の算砂が10手目で四間飛車に振りました。これに対して宗桂は同じ筋に飛車を動かして右四間飛車に構えます。四間飛車 VS 右四間飛車―伝説の戦いは、このような形で始まりました。

まだまだ定跡が固まっていない時代なので、洗練された現代将棋から見ると疑問手だらけなのでは?と思う方もいるでしょう。しかし最新のAIを使って検討してみると、80手ぐらいまで互角で均衡を保った後、終盤にかけて二転三転するシーソーゲームで、プロをもうならせるハイレベルな内容だったようです。

ちなみに四間飛車は昭和の大棋士・大山康晴十五世名人が得意戦法にしていました。平成に入ってからも、藤井猛九段が「藤井システム」を編み出してブームに。定跡がシンプルで覚えやすく、アマチュアに人気の戦法です。へぼ将棋を指す私も愛用しており、この棋譜を見ると400歳以上も先輩の算砂に親しみを感じてしまいます。

慶長12年の棋譜は古棋書の研究家でコレクターでもあった西村英二氏が発見しました。将棋が現在のルールになったのは当然それより前ですから、今後更に古い棋譜が発見されるかもしれません。
 
ちなみに将棋の特定の局面だけを記した「盤面図」で最古のものは、天正15(1587)年に書かれていました。戦国時代に徳川家臣だった松平家忠がつづった『家忠日記』の第4巻の余白に、ラクガキとして登場するのです。

玉将や桂馬など現代と同じ駒の名前がきっちり書かれていますが、その陣形はあまり合理的とは言えません。ラクガキゆえに誰と誰がいつ対局したのかなど詳細は一切不明ですが、こちらはあまり上手でない棋士だったようです。

この日記は当時の武将とその生活ぶりを伝えるとても貴重な資料なのですが、あちこちに人や動物のコミカルなラクガキがあって思わず笑ってしまいます。

ラクガキされたページ(『家忠日記』、国立国会図書館ウェブサイトより)
ラクガキされたページ(『家忠日記』、国立国会図書館ウェブサイトより)

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  この記事を書いた人
かむたろう さん
いにしえの人と現代人を結ぶ囲碁や将棋の歴史にロマンを感じます。 棋力は級位者レベルですが、日本の伝統遊戯の奥深さをお伝えできれば…。 気楽にお読みいただき、少しでも関心を持ってもらえたらうれしいです。

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