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映画のような人生を送った夫婦の物語

明治から昭和初期にかけて、今では考えられないほど激動の人生を送った人々がいました。

清朝の王族でありながら、日本軍のスパイとして名をはせた男装の麗人・川島芳子。日本人でありながら中国人女優として活躍した李香蘭(山口淑子)など、枚挙にいとまがありません。

そんな中、まるで映画のように波乱万丈な人生を送った一組の夫婦がいました。戦前は外国映画を輸入し配給する「東和商事」を設立し、日本映画の海外への普及にもつとめた、川喜多長政・かしこ夫妻です。

トリリンガルで義理人情に篤い夫・川喜多長政

川喜多長政氏は北京大学で学び、ドイツに留学経験を持つ当時では珍しい中国語・ドイツ語の話せるトリリンガルのインテリでした。

父親が軍の仕事で中国に赴任中、憲兵に殺されるという経験を持ち、やがて父親が愛した中国のために仕事をしたいと考えました。

その後、映画配給会社「東和商事」を設立。妻・かしこさんと国内外の良質な映画の配給に力を尽くします。

映画の審美眼をもつ妻・川喜多かしこ

妻の川喜多かしこさんは、フェリス女学院で英語を学ぶお嬢様でしたが、関東大震災で父を失います。かしこさんご自身もがれきの下敷きになり、九死に一生を得る思いをしました。

父亡きあと、長女だったかしこさんは家計を支えるため英語とタイプのスキルを生かして職業婦人の道をすすみます。

たまたま募集があった会社に秘書として応募しましたが、その会社こそが、後に夫となる川喜多長政氏が社長を務める、映画配給会社「東和商事」だったのです。

会社の業務内容を知らずに応募するなんて、ずいぶんのんびりした就職活動ですが、当時は職業婦人自体が珍しかったし、今のような就活システムがなかったのでしょうね。
映画が好きだったかしこさんは、入社を喜び、業務にはげみます。

その後、社長の川喜多長政氏とロマンスが芽生え結婚。新婚旅行はシベリア鉄道を使っての欧州旅行でした。ちなみに当時のシベリア鉄道には食堂がなく、自前で食べ物を買い込んでの旅だったそうです。

この新婚旅行、実は映画の買い付けもかねていました。かしこさんは現地で見た『制服の処女』という映画が気に入り、日本への輸入を頼みますが、当時無名だったこの映画の購入に、長政氏は難色をしめします。しかし、かしこさんの熱意に押されて「結婚の贈り物がわりに買ってあげよう」と承諾します。

その後日本で上映された『制服の処女』は大ヒット。当時のキネマ旬報の洋画ランキングで1位を獲得しました。この功績をきっかけに、かしこさんは夫とともに映画配給の仕事にいそしむことになりました。

戦時中の映画製作

戦争が近づくにつれて映画の検閲が厳しくなるとともに、戦争を鼓舞するプロパガンダ映画や、満州支配を正当化を主張する国策映画が数多くつくられるようになりました。

そんな中、長政氏は中国での映画産業に携わります。当時中国の映画会社というと甘粕雅彦の「満映」が有名ですが、長政氏が立ち上げた「中華電影」は、自由な映画製作を目指しました。

長政氏の方針で中国人のプロデューサーに全権を委ね、時には抗日活動を匂わせる映画なども上映するなど、戦時中でありながら自由な映画制作の環境を作り上げました。

しかし、そうした映画政策の方針は満映の甘粕正彦ににらまれ、暗殺の対象になったこともあったとか…。

そうした中でも中国を離れなかった夫を支えて帰りを待っていた、かしこさんの心痛は計り知れません。

女優救出大作戦

李香蘭(山口淑子)は戦前の中国で、日本人でありながら中国人として活躍した女優です。戦争が終わると、中国政府は敵国日本に協力した中国人を「漢奸(かんかん)」として逮捕・処刑していました。

李香蘭も捉えられ、裁判を受けることになりましたが、長政氏は彼女の救出に尽力します。その後、戸籍謄本で彼女の日本国籍を証明し、釈放された後も帰国の手伝いを行うなどして無事に彼女を日本に送り届けたそうです。

まとめ

戦後、東和商事は戦争に加担したとして公職追放処分を受けましたが、長政氏に世話になった中国や欧州の映画人たちによって追放解除の嘆願がよせられました。

それは長政氏が差別をせず公平に相手と接し、娯楽としての映画製作を続けたからでしょう。

かしこさんはその後、確かな映画鑑定眼から数々の映画祭に審査員として参加。数々の名作映画を発見しています。

私たちが古今東西の映画を普通に楽しめるのは、川喜多夫妻のような先人たちが、戦争という苦難の中でも映画製作をあきらめなかったからでしょう。

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  この記事を書いた人
日月 さん
古代も戦国も幕末も好きですが、興味深いのは明治以降の歴史です。 現代と違った価値観があるところが面白いです。 女性にまつわる歴史についても興味があります。歴史の影に女あり、ですから。

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