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紀貫之が女性のフリをして『土佐日記』を書いた本当の理由とは?
- 2022/04/11
古今和歌集の仮名序で知られる紀貫之が書いた『土佐日記』は女性のフリをしていることで有名です。インターネット上では紀貫之がゲイなんじゃないかといわれることもあります。
その理由は『土佐日記』が男性の使う「漢字」ではなく、女性の使う「仮名文字」で書かれているからです。
今回は紀貫之が『土佐日記』を仮名で書いた本当の理由について見ていこうと思います。
その理由は『土佐日記』が男性の使う「漢字」ではなく、女性の使う「仮名文字」で書かれているからです。
今回は紀貫之が『土佐日記』を仮名で書いた本当の理由について見ていこうと思います。
『土佐日記』とは
『土佐日記』は平安時代に書かれた日本最古の日記文学作品です。作者である紀貫之が土佐国から平安京に帰るまでの55日間を女性に仮託する形で綴っています。その内容の多くは土佐国で亡くなった娘についてであり、諧謔表現は多いものの晴れやかな気分で書かれたものではなかったといえます。
日記というのは平安時代以前にも多く書かれていましたが、『土佐日記』は和歌などを織り交ぜた紀行文的な文学作品とされており、後の『紫式部日記』や『更級日記』などの女流文学に大きな影響を与えた作品として名が知られています。
当時、日記は主に男性によって書かれていました。その内容も私的なものではなく、備忘録などの公的なものだったため、中国から伝わってきた漢字を用いて記していました。
紀貫之とは
作者の紀貫之は貴族の家系に生まれた男児で、平安時代に活躍した和歌の名人たち「三十六歌仙」の一人です。かの有名な「古今和歌集」の撰者にも選ばれたことのある実力者です。 延長8年(930)から承平4年(934)にかけて、紀貫之は土佐国に国司として赴任していました。任期を終える前に娘が亡くなってしまったため、娘とともに京に帰ることは叶いませんでした。
女性のフリをして書いた理由とは
『土佐日記』といえば、紀貫之による女性のフリです。冒頭にも
「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」
と、作者が女性であることを示唆する表現があります。
よくいわれている説を大きく2つに分けると
- 特に理由がない説
- 何かしらの理由があった説
になります。
上記1には「紀貫之が歌人であり、仮名が得意だったから」や「日記の中に和歌が含まれているので本文もその表現にあわせただけ」といった説が含まれます。(※和歌というのは男女問わず仮名で書くのが基本でした。)
しかし1の説が正しいのであれば、作者を女性だと示唆する必要がありません。もはや上記の理由をそのまま書いてしまったほうがよいのではないでしょうか。
2には「情緒豊かな日記を書くため」や「日記文学を開拓したかったから」、「国風文化が発展していたから」などの説が含まれます。
当時、日記を書く際に男性が用いていたのは漢字でしたが、漢字では複雑な感情を表現することが難しかったといわれています。漢詩と和歌の違いを考えてみれば納得できるかと思いますが、漢字よりも仮名を用いたほうがより自由で幅広い表現ができたのでしょう。
別の説では公的な役割を果たしていた日記の形態を変化させ新たな文学を開拓したかったというものもあります。
また、当時は遣唐使が廃止され、日本独自の国風文化が発展していた時代です。そのため、中国の漢字ではなく、日本の仮名を使用することもあまり抵抗のあることではなかったという考え方もあります。
女性のフリの真相はズバリ
どの説も非常に論理的であると思いますが、やはり重要なのは紀貫之が女性のフリをしようと考えるまでの思考展開です。そもそも『土佐日記』は紀貫之自身が発表したものです。本文に署名はなかったものの、当時から紀貫之が書いたということは広く知られていたそうです。
また、『土佐日記』は本当の日記ではなく、個人的に付けていた漢文の日記を基にして書かれた虚構の文学作品だとされています。つまり、冒頭の文章を書いたのは土佐国を出発したタイミングではなく、平安京に到着した後のことだと思われます。
そして最も重要なのは、『土佐日記』が文学作品であることです。フィクションが多く含まれており、簡単にいえば「事実を基に書かれた虚実」なのです。虚実といってしまうと聞こえが悪いですが、駄洒落などの諧謔表現との関連が強いです。
例えば、船が怖すぎて髪の毛が波と同じような白さになってしまったという表現などがあります。その他にも、登場人物の発言を導くために過度な風景の切り取り方をしていたり、登場人物と実在する人物の整合性が欠けていたりなどもしています。
加えて男性が書いたと明らかに分かるような下ネタもいくつか存在します。
このように考えると、紀貫之が女性のフリをして日記を書くまでの思考展開は以下の2通りになります。
- 女性を主人公とする日記を書きたい→仮名文字を使用→内容を駄洒落や下ネタを含むフィクションにする
- 仮名文字を使用したい→女性を主人公とする
筆者としては、前者はあまりピンと来ません。女性を主人公とする日記を書きたいのであれば土佐国から平安京までの内容でなくてもよいと思いませんか? もはや完全に作り物のフィクションでもよいはずです。
筆者は後者のほうを支持します。紀貫之として作品を発表していることや日記の中に下ネタが混じっていることを考えると、そこまで女性のフリをすることに関して固執していたわけではないと思えます。
なぜ仮名文字を使用したいと考えたかについては推測の域を超えません。しかし、日記の最後が
「忘れがたく、口惜しきこと多かれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破りてむ。」
とあり、ともに帰京することのできなかった娘への想い・悲しみを表現していることを踏まえると、やはり愛娘への気持ちを表現したかったのだと考えるのが妥当です。そのために仮名文字を使用を決め主人公を女性とすることでフィクションな文学作品に仕上げることにしたのではないでしょうか。
おわりに
いかがだったでしょうか。筆者は紀貫之はゲイではなく、亡くなった娘への気持ちを詳細に表すために、仮名文字を使用したいと考えたのだと思っています。
また、男性・公的なイメージを持つ「漢字」と女性・私的なイメージを持つ「仮名」の構造を崩さないよう、主人公を女性として書いたのだろうと推測します。皆さんも独自の説を持つべく、『土佐日記』について調べてみてはいかがでしょうか。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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